大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和29年(う)53号 判決

控訴人 被告人 松丸辰五郎

弁護人 内藤丈夫

検察官 吉井武夫

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人内藤丈夫並びに被告人本人の夫々差し出した各控訴趣意書記載のとおりである。

内藤弁護人並びに被告人本人の控訴趣意について

しかし原判決の挙示引用に係る標目の各証拠を綜合すれば原判示の事実は優にこれを認めることができ事実誤認の疑はなくまた法律の解釈適用を誤つた違法もない。すなわち被告人の検察官に対する昭和二十八年七月四日附供述調書中被告人の供述として「私は伊能がこの組合の名誉顧問であり、私もその頃理事長であつたので昭和二十八年四月十九日に行われた衆議院議員選挙には千葉県第一区から立候補していた伊能繁次郎さんを是非当選させたいと考えてこの印刷物を配つたのである。私は改進党であるが篠原が立候補しなかつたので党派が違つて組合の理事達が伊能を応援しないと組合の幹部達が私の行動をおかしな目で見られはしないかと心配して余計に伊能さんのために骨を折る考になつたのである。印刷は選挙についての注意という題で組合員が選挙違反をしないように注意した印刷物であつたが、実際には第七号で伊能の選挙を頼むというようにとれる意味の文章にして伊能さんを事実上は名前を出してこの印刷物を見る人は伊能さんを投票するような気持になるだろうと自分で考えて最初の方を読めば選挙違反にならないような意味の文章を書いて後の方をカムフラージして作成したものである。結局まとめていえば選挙違反になるなと表の方ではいい、裏の方では伊能の名を出して伊能の当選を是非勝ちたいことを伏せてこの印刷物を作成しておいたのである」旨の記載、押収に係る「選挙についての注意」と題する書面の記載その他を彼此綜合して考えれば被告人は伊能に当選を得させる目的で名を選挙についての注意という題目にかり、実は公職選挙法第百四十二条の禁止を免れる行為として公職の候補者伊能繁次郎の氏名並びにこれを支持する者である成常青果協同出荷組合本部の名を表示してある文書を頒布したものであること明らかである。なお論旨は前記文書は組合員にのみ限つて頒布したものであるから公職選挙法第百四十六条第一項に該当しないと主張するけれども同条にいう頒布とは多数人に配布することを指称するものであつて、その多数人が不特定たることを要しないものと解すべきであるから被告人が配布したのは組合員に対してだけであつたとしても被告人は原判示の如く上原又五郎、鈴木四郎、田中正造、比企与作、長尾ツル、岡野テイ等の多数人に配布したのであるから、被告人の所為が同条の頒布にあたることは当然であり、また論旨は被告人は千葉県選挙管理委員会に照会した上その指示に基いて本件印刷物を公然頒布したのであるから犯意は認められないと主張するけれども所論の千葉県選挙管理委員会よりの回答書は本件印刷物に記載されてある文章自体についてその合法なりや否やを判断したものではなく単に一般的に組合が政治活動をなすときの手続、組合が候補者を援助する旨の決議をなすときの注意、その他組合総会において候補者が当該組合の名誉顧問として演説をする場合の注意、候補者に関する推薦状の発送、個人演説会の開催等についての注意を記載したものに過ぎないのであるから被告人がかゝる回答書を得ていたからとてなんら被告人の本件犯意を阻却するものでない。それゆえ各論旨はいずれも理由がない。

よつて本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条によりこれを棄却すべきものとし主文のとおり判断する。

(裁判長判事 中村光三 判事 脇田忠 判事 鈴木重光)

被告人の控訴趣意

公職選挙法第百四十二条第一項の選挙運動のために使用する文書図画は左の各号に規定する通常葉書の外は頒布することができない。に該当して居るという判決ですが私は前回の衆議院選挙に組合員が警察署、検察庁に多数呼び出しを受け選挙違反の騒ぎを起したので今回は組合員中から一人の違反者も出さぬように『選挙についての注意』と題して違反を犯さぬよう注意したのであつて伊能候補の選挙運動のため当選を得せしむるために配付したのではないのです。勿論組合員だけで他は一枚も頒布いたしません。尚公職選挙法第百四十六条第一項の何人も選挙運動期間中は著述、演芸等の広告その他いかなる名義をもつてするを問はず第百四十二条第一項の禁止を免かれる行為として公職の候補者の氏名、政党その他政治団体の名称又は公職の候補者を推薦し支持し若しくは反対する者の名を表示する文書図画を頒布し又は掲示することができない。に該当するという判決であるが、私は候補者伊能繁次郎を推薦もせず、支持もせず又その意志も無く又推薦した、支持した文面も記載せず全く単に組合員に違反を犯さぬよう注意したゞけであります。殊に私は改進党員にして憲政会、民主党、改進党と三十年来自由党とは政友会時代から相反目して来たもので現在でも改進党千葉県支部常任委員であり組合員に配付した注意書は全く組合員が違反を犯さぬようにしたまでで伊能候補の当選を得せしむる意志の無かつたことは政党の反対者であるところからも思考されると思います。其の注意書は六、七項目記載しましたが千葉県選挙管理委員会へ照会して其の公文書の返信によつて作成したものであります。私の注意書がどうして伊能候補の当選を得せしむる文書となつたか又はどうして伊能候補に反対の文書になつたか私には全く納得がゆかないのであります。

弁護人内藤丈夫の控訴趣意

第一、本件文書は公職選挙法第百四十二条の禁止を免かるゝ為のものではない。被告人は千葉県柏町に本部を置く成常青果協同組合理事長なるところ昭和二十七年十月の総選挙の際同組合員三千人中から多数選挙違反者が検挙された事実に鑑み同二十八年四月十九日執行された衆議院議員選挙が執行せられたるに当り今日は組合員中からは一人の違反防止の意図を以て表題の「選挙についての注意」の通りに組合員は違反を犯すことが無いように注意したのであり且つ組合員にのみに限つて頒布したものであるから同法第百四十六条第一項第二百四十三条第一項第五号に該当しない。

第二、被告人には犯意が無かつた。被告人は改進党員として憲政会、民主党、改進党と三十年来党籍を有し自由党とは前身政友会時代より永く反目し来たつたもので現在改進党千葉県支部衆議員である。而して伊能繁次郎は敵党自由党公認候補であつたので同氏の当選を得しむる意思が無かつた事は勿論であるから本件注意文書の中に同候補者の氏名が散見したとしても夫れは何等の意図もなく偶然に記載されたのであつて而かも被告人は本件文書を作成するに当つては特に千葉県選挙管理委員会に照会し其の指示のもとに公然頒布した事実に鑑みるも被告人は犯意が無かつたことが明瞭であるから本件犯罪は成立しない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例